布刀玉命と尻久米縄とは?注連縄の起源
布刀玉命と尻久米縄を調べていると、天岩戸や天照大御神、天手力男神、天安河原といった言葉が次々に出てきて、どこから整理すればいいか迷いますよね。
この記事では、布刀玉命(太玉命)という神様が担った役割を、太占や祭祀、忌部氏・斎部氏との関係まで含めて、筋道立てて解説します。あわせて、尻久米縄が端出之縄や日御縄として語られる背景、そして注連縄の起源として理解されてきたポイントを、はじめての方にもわかる言葉でまとめます。
- 布刀玉命の神格と別名が整理できる
- 忌部氏・斎部氏と宮廷祭祀の関係がわかる
- 尻久米縄の表記差と注連縄の起源がつかめる
- 天岩戸神話の流れと結界の意味が理解できる
布刀玉命と尻久米縄

ここでは、布刀玉命という神様の位置づけと、尻久米縄という語が何を指すのかを整理します。
布刀玉命の別名と神格

布刀玉命(ふとだまのみこと)は高皇産霊神の御子神とされ、日本神話のなかでは「祭祀を行う側」に立つ神様として語られます。古い文献では表記が揺れており、『古事記』では布刀玉命、『日本書紀』では太玉命、『古語拾遺』では天太玉命とされます。名前の揺れはあっても、指し示す神格は同一視されることが一般的です。
「神事の設計と運営を担う神様」というイメージが近いです。祝詞を奏上する天児屋命が“言葉”の力で場を整えるなら、布刀玉命は“かたち”を整える側といえるでしょう。
祭具・神宝の準備、幣(ぬさ)や玉串の扱い、そして場を区切る縄まで、目に見える祭祀の装置を整える役割が語られやすいのが特徴です。
布刀玉命は、神事の「道具立て」と「場の設定」を担う神様として語られ、天岩戸神話でもその性格がはっきり出ます。
布刀玉命と忌部氏斎部氏

布刀玉命は、古代朝廷で祭祀に関わった忌部氏(のち斎部氏)の祖神とされます。祭祀を担った氏族としては、中臣氏(天児屋命の後裔とされる)と並び語られることが多く、「中臣=祝詞」「忌部=幣帛・祭具」というイメージで説明される場面もよく見かけます。
ただし、神話の役割分担がそのまま歴史上の職掌を完全に写しているとは限りません。一方で、布刀玉命が祭具を整え、神意を可視化する神として語られる点は、忌部氏の性格と結びつけて理解しやすいのも事実です。
豆知識
地方にも「忌部」を称する集団が見られますが、祖神や系譜が必ずしも一つにまとまるとは限らない、と説明されることがあります。地域の伝承は、地名・社伝・祭礼とセットで読むと理解が深まります。
布刀玉命の太占と祭祀

布刀玉命の重要なキーワードが太占(ふとまに)です。太占は、鹿の肩甲骨などを焼いて割れ目を読み、神意をうかがう占いとして語られます。天岩戸の場面でも、状況を動かすための“神議”があり、儀礼を組み立てる上で「占い」や「兆しを読む」要素が重視されます。
ここで大事なのは、占いが単なる未来予測ではなく、祭祀の設計図を作るための手続きとして理解されてきた点です。つまり、何を、どの順に、どう整えるかを決めるために神意を問う。布刀玉命は、その実務の中心に立つ神格として語られてきました。
尻久米縄の別称と表記

尻久米縄(しりくめなわ)は、『古事記』に見える縄の名称として知られます。同じ場面・同じ性格の縄が、資料によって別表記・別称で語られる点がポイントです。代表的には、端出之縄(しりくえなわ/はでのなわと説明されることもあります)や、古語拾遺に見える日御縄(ひのみなわ)などが挙げられます。
この表記差は、「別の物が存在した」というよりも、伝承の系統や記述の仕方の違いとして捉えると整理しやすいです。特に『日本書紀』は注記の形で読み替えを示すことがあり、尻久米縄と端出之縄の関係が論点になりやすいところです。
尻久米縄と注連縄起源

尻久米縄は、現代でいう注連縄(しめなわ)の起源として語られることが多い言葉です。注連縄には標縄・示縄・〆縄・七五三縄などの表記もあり、どれも「ここは神聖な領域である」という境界を示す役割と結びつきます。
注連縄の「しめ」は、場所を「占める(神霊が占有する)」という意味合いで説明されることがあり、神が宿る場を示す標(しるし)としての性格が強調されます。

布刀玉命と尻久米縄の神話


ここからは、天岩戸神話の流れの中で、布刀玉命がどのタイミングで何を担い、尻久米縄がどんな意味を持つのかを、場面順に整理します。神話の“順番”が見えると、尻久米縄がなぜ重要かがはっきりします。
天岩戸神話の布刀玉命


天岩戸神話は、須佐之男命の乱暴をきっかけに、天照大御神が天岩戸に隠れ、世界が闇に包まれるところから始まります。ここで八百万の神々が天安河原に集い、どうやって天照大御神を岩戸から出すかを神議します。
この「神議→儀礼の構築」の場で、布刀玉命は中心に立つ神として登場します。鏡や勾玉、布などを用意し、榊に取り付けるといった、儀礼の装置を整える役目が語られます。天宇受売命の神懸りが場を動かし、天手力男神が引き出す流れへ進むわけですが、その前段にある“準備”こそ布刀玉命の見せ場です。
真榊や五色布は、天岩戸神話の「場づくり」を理解する鍵になります。



天安河原で布刀玉命祭祀


天安河原は、神々が集って神議を行う舞台として語られます。ここでの重要点は、「ただ説得する」のではなく、「祭祀という仕組みで世界を動かす」発想がはっきり出ていることです。祝詞、舞、笑い、鏡、玉、そして場を整える一連の手続きが、天照大御神を動かす力になります。
布刀玉命は、こうした祭祀の総合演出の要所を担う存在として語られます。「神事のディレクター」として感じます。祭具は単なる飾りではなく、神の気配を招き、神意を可視化し、場を清め、参加する神々の心(働き)を一つに寄せるための装置です。



天手力男神後の尻久米縄


天岩戸のクライマックスは、天手力男神が天照大御神の手を取り、岩戸から引き出す場面です。ここで終わりにしてしまうと、「また隠れたらどうするのか」という不安が残ります。そこで置かれるのが、布刀玉命による尻久米縄です。
尻久米縄は、天照大御神が出た直後に張られ、「ここより内には戻れない」という趣旨が語られることで、再び岩戸に籠もる可能性を封じます。神話の構造としては、闇に逆戻りしないための最終手続きであり、光と秩序を固定する“締め”に当たる行為です。
この場面の強さは、「縄を張る」という具体的な行為が、抽象的な秩序回復を目に見える形で確定させるところにあります。だからこそ、後世に注連縄の起源として語られやすいのだと私は見ています。
尻久米縄と結界の意味


尻久米縄が象徴するのは、神域と俗界を分ける結界の発想です。結界は、単に「入るな」という壁ではなく、「ここから内側は神の側の領域である」という宣言でもあります。注連縄が鳥居や拝殿、御神木、磐座、祭場などに張られるのは、この宣言を視覚化するためです。
尻久米縄の場合は、さらに意味が鋭いです。境界を示すだけでなく、「戻り入り」を禁ずる=秩序の逆転を止める力が語られます。これが、注連縄が持つとされる邪気払い、不浄侵入防止、場の清浄化といったイメージの源流として理解されてきました。
神社ごとの祭式や注連縄の張り替え時期、神事の内容はそれぞれ異なります。参拝や参加の作法で迷ったときは、公式の案内や授与所・社務所の説明を確認してください。ご利益の捉え方も信仰や地域性によって幅があるため、最終的な判断は神職など専門家に相談するのがおすすめです。
まとめ


布刀玉命は、太占や祭具・神宝の準備を通して、神意をかたちにし、祭祀の場を成立させる神様として語られます。そして尻久米縄は、天岩戸から天照大御神が出た直後に張られることで、闇への逆戻りを封じ、光と秩序を固定する役割を担います。
だからこそ、布刀玉命と尻久米縄は、注連縄の起源を知るうえで外せない組み合わせです。神社で注連縄を見かけたとき、そこが「神が占める場」であり、境界が設けられている理由を思い出せると、参拝の視点が一段深まります。


