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御用材と御装束神宝とは?――式年遷宮の材・形・技を史料から読み解く

御用材と御装束神宝―式年遷宮の材・形・技を読み解く 神社検定採掘所

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御用材(ごようざい)は、式年遷宮に必要となる木材です。御装束神宝(おんしょうぞくしんぽう)は、御殿を飾り、神の御用に供するために調製して奉る品々を指します。前者は材料、後者は奉納する品々に着目した言葉ですが、御用材には御神体を納める御器の材料も含まれるため、単純に「建築用の木と工芸品」と分けるだけでは十分ではありません。

式年遷宮では、何を新しくし、何を受け継ぐのでしょうか。御用材の調達と御装束神宝の調製をたどると、森林を育てる仕事、形を定める図面、職人の技、奉用後の保存や再利用が見えてきます。

現在の神宮による説明と古典の規定、調製担当者の報告を読み分けながら、材・形・技を受け継ぐ仕組みをたどります。

御用材と御装束神宝――言葉の範囲を確かめる

御用材と御装束神宝―式年遷宮の材・形・技を読み解く

御用材と御装束神宝の違いを理解するには、材料の段階と、調製された品々の段階を分けて考えると整理しやすくなります。たとえば、御神体を納める御器を奉製するために伐採される御樋代木(みひしろぎ)も、御用材に関わる木です。

一方、御装束神宝は、御装束と神宝に大別されます。御装束は神の衣服だけを指すのではなく、殿上や庭上を飾る品々、服飾品、遷御に用いる威儀具などを含みます。ここでいう装束を、神職が身につける衣服だけと理解すると、言葉の範囲を狭めてしまいます。

神宝は、神の御用に供する調度品です。紡績・紡織具、武具、馬具、楽器、文具、日常用具などがあり、御装束神宝という総称には、衣服から道具まで幅広い品々が含まれます。

用語 着目するもの 理解する際の注意
御用材 式年遷宮に必要な木材 社殿の建築材料だけでなく、御器の材料にも関わります。
御装束 御殿を飾る品々、神の衣服・服飾品、威儀具など 神職の衣服だけを意味する言葉ではありません。
神宝 神の御用に供する武具・馬具・楽器・文具等の調度品 ここでは三種の神器を指す名称として用いていません。

以上は、現在の神宮・せんぐう館の説明に沿った整理です。また、式年遷宮では社殿と御装束神宝を新しく整えますが、御神体は新宮へお遷しします。新調する品々と、お遷しする御神体は区別する必要があります。[1][2][3][9]

御用材の選定と調達――木を伐る前から始まる営み

御樋代木の選木と、移り変わる御杣山

御杣山(みそまやま)とは、御用材を伐り出す山です。御杣始祭では、御神体を納める御器を奉製するための檜である御樋代木を、最初に伐採します。

神宮公式は、山中で左右に並ぶ二本の檜を選び、三ツ緒伐(みつおぎり)という古式の作法で伐り倒すと説明しています。ここでは、木材の確保と祭儀が別々に進むのではなく、特別な木を選び、定められた作法で伐り出す営みとして結びついています。[1]

御樋代木は、御器の奉製に用いる特別な木です。この選木の例と、社殿の各部に使う御用材全体の選定条件は分けて考える必要があります。

供給地も、歴史を通して一定だったわけではありません。神宮公式によれば、もとは宮域林から用材を供給していましたが、鎌倉時代後期から檜の良材が採れなくなり、近隣や美濃の山へ、さらに江戸時代中期からは木曽の森林へと御杣山を求めるようになりました。一方、心御柱の用材は現在も宮域林から伐り出すと説明されています。[4]

宮域林の育成と、神宮備林の制度を分けて考える

宮域林は、神宮の森林です。神宮では1923年(大正12)に神宮森林経営計画を策定し、将来の御造営用材の自給を目標として、200年生の檜の育成に取り組んできました。

第62回遷宮では、間伐材ではあるものの、約700年ぶりに宮域林から御造営用材の一部分を供給できたとされています。これは長期の育成が実際の供給につながった例ですが、全量自給を達成したという意味ではありません。宮域林には、用材育成とともに、水源の涵養や風致の増進という役割もあります。[4]

これとは区別したいのが、歴史上の神宮備林です。林野庁によれば、明治時代末から御料林の一部に、遷宮に必要な大径材を継続して確保するための神宮備林が設定されました。

戦後の林政統一に伴って神宮備林制度は廃止されましたが、旧備林は、その後も木曽ヒノキの大径材を長期的に生産する森林などとして管理されてきました。宮域林、皇室財産として管理された御料林、その一部に設定された神宮備林は、同じ意味の言葉ではありません。[5]

御装束神宝の調製――数え方と、形を守る仕組み

714種・1576点は、部品の総数ではありません

現在のせんぐう館の説明では、式年遷宮で新調する正宮・別宮の御装束神宝は714種・1576点です。紡織具や武具、馬具、楽器などに加え、御殿の舗設品や服飾品、遷御の威儀具までを含む規模として示されています。[3]

この数字の意味を具体的に説明しているのが、神宮式年造営庁神宝装束課長であった采野武朗による2007年の講演要旨です。そこでは、種類と点数は御装束神宝式目に記載される数であり、一つの御料に附属する品々を含めた一揃えが計数の単位になると説明されています。

したがって、1576点を、個々の部品をすべて数え上げた総数と受け取ることはできません。「この数字は、第62回遷宮に向けた報告でも示された式目上の総数です。[6]

図面・仕様書と、複数分野の職人が形をつなぎます

采野の報告では、調製する御料の寸法・形状・技法・素材などは、製作図面と仕様書によって定められます。複数の工芸分野が工程をつなぐため、それぞれの担当者が規定どおりに仕上げることが、次の工程を成立させる条件にもなります。

図面そのものも、前回のものを使い続けるだけではありません。報告には、次のように記されています。

「遷宮ごとに総ての図面も真新しく描き改めます。」[6]

形を受け継ぐために、完成品だけでなく、それを作るための図面も改めて整える。この報告からは、継承が記憶や感覚だけに委ねられず、製作条件を具体化する仕事によって支えられていることが分かります。これは、第62回遷宮に向けた2007年の報告です。

せんぐう館は、御装束神宝の調製に染織・漆芸・金工・木工・竹工などの技術が関わることを紹介しています。材料も檜だけではなく、太刀や鉾の刃には、たたら製鉄によって生まれる鉧(けら)から選別した玉鋼が用いられます。材を確保することと、その材を定められた品へ仕上げる技を保つことは、切り離せません。[3][8]

『延喜式』の規定――新材の使用と旧神宝の移収

御用材は材料、御装束神宝は調製して奉る品々という違い

 

新しくする範囲には、区別があります

現在の説明から古典へ目を移すと、927年に完成した『延喜式』巻四の遷宮条には、新材については、次の一節があります。引用では、公開翻刻の返り点表示を除いています。

「皆採新材構造、自外諸院新旧通用」[7]

新材を採って造るとする一方で、その他の諸院では新旧の材を通用すると記す部分です。つまり、条文は新材使用の対象と、新旧材を通用する対象を区別しています。遷宮に関わる建物を一律に新材で造るという規定ではありません。[7]

旧神宝を収める規定と、現在の分類の間

同じ遷宮条には、旧宮の神宝について、次のように記されています。

「其旧宮神宝、遷収新殿」[7]

旧宮の神宝を新殿へ移して収める規定です。さらに絁・綿の類については、神宮司や禰宜、内人等へ頒給する扱いが記されています。古典の規定にも、旧御料を一括して扱うのではなく、品によって区別する姿が見られます。[7]

旧神宝の移収は、現在の保存や木製品への加工と区別して読む必要があります。古典の規定と後世の扱いをつなぐには、その間の歴史をたどることが欠かせません。

せんぐう館は、御装束神宝の多くが『延暦儀式帳』(804年)、『延喜式』(927年)、『長暦送官符』(1038年)などに記された品目・様式・技法・材料を伝えると説明しています。これらの史料は、品々が受け継がれてきた道筋をたどる手がかりになります。[3]

なお、『延喜式』巻四には、遷宮条とは別に神衣祭条があります。毎年の祭りで奉る御衣と、式年遷宮で調製する御装束神宝は、関連する営みであっても、そのまま同一の対象として扱わないことが大切です。[7]

古式の継承を、どのように捉えるか

現在の神宮は、御装束神宝の調製によって、古い文化様式や品々の形、材質、用途、技法が次代へ伝えられると説明しています。一方、用材の供給地や森林管理の制度には変遷がありました。形を受け継ぐことと、その形を支える調達方法や制度が変わらないことは、分けて考える必要があります。[2][4][5]

調製担当者である采野の報告も、技術伝承だけを遷宮の目的として説明してはいません。神の御料を調製する営みが、日本の伝統技術の伝承の一端を担うという関係で述べています。神に奉る品を整えることと、技が伝わるという働きを、同じものとして言い換えない視点です。[6]

公式による意義の説明、担当者による実務報告、古典に定められた規定は、それぞれ異なる角度から遷宮を伝えています。互いを補う資料として読むことで、継承を支える仕事がより具体的に見えてきます。

奉用後の扱い――保存される神宝と、役割を変える古材

御装束神宝を新調することは、それまでの品々を直ちにすべて処分することを意味しません。現在の神宮公式は、御装束神宝を正殿に20年間納めた後、さらに新宮の西宝殿で20年間保存すると説明しています。[9]

『延喜式』の旧神宝の移収規定と、現在の西宝殿での保存説明は、それぞれの時代における扱いとして読み分けられます。[7][9]

木材にも、奉用後の道があります。神宮公式によれば、旧社殿の古材は全国の神社への譲渡や移築などに活用されます。内宮・外宮の正殿の棟持柱は宇治橋の鳥居となり、さらに20年後には関の追分や七里の渡しの鳥居として用いられます。[9]

御造営用材の残材を、身近な木製品に生かす例もあります。神宮会館の公式通販では、コースターや名刺入れ、スマートフォン立てなどについて、神宮御造営用材の残材を使用した商品と説明しています。ここでいう残材は、旧社殿から下げられた撤下古材と同じものとして扱わず、販売元が示す材料の説明に沿って理解する必要があります。[11]

社務所女子の考察――新しさを支える、形の見えない仕事

ここからは、確認した資料を踏まえた考察です。式年遷宮の新しさは、完成した社殿や御装束神宝の姿だけにあるのではなく、その姿を整えられるように準備する仕事にも表れていると考えます。

森林を育て、必要な材を確保し、図面を整え、異なる分野の技をつなぐ。そこには、一度完成させれば終わるのではなく、次にも同じように奉ることができるよう、条件を整え続ける営みがあります。

また、古材が鳥居として再利用される事例からは、新しくすることと、以前の材を生かすことが両立しうると分かります。何を改め、何を残し、どこへ引き継ぐのか。その違いを丁寧にたどることが、式年遷宮の継承を具体的に考える手がかりになるのではないでしょうか。

まとめ――材・形・技を、それぞれの根拠から読む

御用材は式年遷宮に必要な木材、御装束神宝は御殿を飾り、神の御用に供するために調製する品々です。両者は材料と奉納品という違いを持ちながら、御器の奉製などを通じて関わっています。

御用材の供給地や森林管理には変遷があり、御装束神宝の形は図面・仕様書と多分野の技によって支えられています。奉用後も、神宝の保存と古材の再利用には、それぞれ異なる扱いがあります。

『延喜式』からは、新材使用や旧神宝の移収などの規定を確認できます。ただし、古典の規定、現在の公式説明、担当者の報告を一つの説明に重ねすぎないことが大切です。何が資料に書かれ、どこからが解釈なのかを分けることで、受け継がれてきたものの姿を、より具体的に捉えられます。

引用元・参照元(クリックして開く)

資料の範囲と補足

本文の定義・分類は現在の神宮・せんぐう館の説明に基づきます。名称の初出や古代からの分類の変遷を確定するものではありません。[1][2][3]

御樋代木の選木は特別な祭儀に関わる例です。御用材全体の用途別の品質基準、調達数量・契約実務は確認していません。[1]

『延喜式』は大学公開の翻刻を用い、写本画像・校訂本との全面照合は行っていません。『延暦儀式帳』『延喜式』『長暦送官符』の全目録も直接比較しておらず、現在の分類・数量との完全な一致を示すものではありません。[3][7]

采野武朗の資料は、調製担当者による2007年の講演要旨です。第62回遷宮に向けた実務報告として参照し、第63回の全工程や、独立した歴史研究の結論を示す資料としては用いていません。[6]

近代の古儀調査については、図書館の文献案内が『神宮・明治百年史』中巻の古儀調査・再編成に関する記述を紹介しています。原本は未閲覧のため、具体的な変更内容や現在の仕様の成立時期は確定していません。[10]

神宮会館の木製品については販売元の商品説明を参照しています。御造営用材の残材を撤下古材と同一視せず、個々の材の来歴を独立に証明したものとしては扱っていません。[11]

引用元

  • [6] 采野武朗「神宮式年遷宮における御装束神宝(おんしょうぞくしんぼう)の調製」、『日本シルク学会誌』第16巻、日本シルク学会、2007年、pp.122–123。「シルクシンポジウム2007 講演要旨」。図面更新についてp.122から引用。題名の読みは本文PDFによります。URL:本文PDF。閲覧日:2026年10月15日。
  • [7] 藤原時平・藤原忠平ほか編『延喜式』、927年完成、巻四・遷宮条〔18〕。國學院大學デジタルミュージアム「伊佐奈岐宮」掲載翻刻を使用。引用では返り点表示を除きました。掲載ページの公開年、使用底本の刊行年・印刷ページは未確認。URL:翻刻掲載ページ。閲覧日:2026年10月15日。

参照元

  • [1] 神宮司庁「遷宮予定年表」、伊勢神宮公式サイト、公開年記載なし。「御神木のお祭り」「山口祭」「木本祭」「御杣始祭」等。WEB資料、ページ番号なし。直接引用なし。URL:https://www.isejingu.or.jp/sengu/the63rd/schedule.html。閲覧日:2026年10月15日。
  • [2] 神宮司庁「式年遷宮の思想」、伊勢神宮公式サイト、公開年記載なし。「御装束神宝について」。WEB資料、ページ番号なし。直接引用なし。URL:https://www.isejingu.or.jp/sengu/aboutsengu.html。閲覧日:2026年10月15日。
  • [3] 式年遷宮記念せんぐう館「展示案内」、同館公式サイト、公開年記載なし。「御装束神宝の調製」「社殿の造営」等。WEB資料、ページ番号なし。直接引用なし。URL:https://www.sengukan.jp/exhibition_guide/。閲覧日:2026年10月15日。
  • [4] 神宮司庁「永遠の森」、伊勢神宮公式サイト、公開年記載なし。「宮域林の由来」「未来の遷宮を支える永遠の森」等。WEB資料、ページ番号なし。直接引用なし。URL:https://www.isejingu.or.jp/sengu/forest.html。閲覧日:2026年10月15日。
  • [5] 林野庁「事例一覧」中「御料林の昔と今・神宮備林について」、林野庁公式サイト、公開年記載なし。WEB資料、ページ番号なし。直接引用なし。URL:https://www.rinya.maff.go.jp/j/kouhou/showa100/jirei.html。閲覧日:2026年10月15日。
  • [6] 采野武朗、前掲講演要旨、日本シルク学会、2007年、pp.122–123。引用元[6]と同一資料。計数方法、図面・仕様書、調製の分業と技術伝承について参照。URL:本文PDF。閲覧日:2026年10月15日。
  • [7] 『延喜式』巻四、前掲翻刻。引用元[7]と同一資料。遷宮条〔18〕、神衣祭条〔8〕を参照。掲載ページの公開年、使用底本の刊行年・印刷ページは未確認。URL:翻刻掲載ページ。閲覧日:2026年10月15日。
  • [8] 式年遷宮記念せんぐう館「神宝刀剣の源『鉧(けら)』」、同館公式サイト、2020年12月23日、本文。WEB資料、ページ番号なし。直接引用なし。URL:https://www.sengukan.jp/news/891/。閲覧日:2026年10月15日。
  • [9] 神宮司庁「式年遷宮とは」、伊勢神宮公式サイト、公開年記載なし。「先人の技と心を守り伝える」「再生と永遠の循環」等。WEB資料、ページ番号なし。直接引用なし。URL:https://www.isejingu.or.jp/sengu/the63rd/about.html。閲覧日:2026年10月15日。
  • [10] 埼玉県立久喜図書館提供「伊勢神宮の式年遷宮の建築に伴う様々な必要物資、供え物の目録の目安となるものを探している。」、国立国会図書館レファレンス協同データベース、2013年、管理番号「埼熊-2013-008」、「回答プロセス」。WEB資料、ページ番号なし。直接引用なし。案内先の『神宮・明治百年史』中巻(神宮司庁、1969年、pp.385–426等)は未閲覧であり、今回の参照対象は図書館の回答です。URL:回答掲載ページ。閲覧日:2026年10月15日。
  • [11] 神宮会館「木製品」、神宮会館公式通販、公開年記載なし。コースター(三枚組)・名刺入れ・スマートフォン立ての御造営用材残材に関する商品説明を参照。WEB資料、ページ番号なし。直接引用なし。URL:木製品一覧。閲覧日:2026年10月15日。