明治時代に定められた社格について一覧と順位を解説
神社の由緒書や境内の石碑で、官幣大社、国幣中社、県社、村社といった名称を見かけたことはありませんか。これらは、明治時代に定められた社格について調べると必ず登場する、近代社格制度に由来する呼び名です。
神社の社格にはどのような順位があったのか、官幣社と国幣社は何が違うのか、別格官幣社はどの位置にあたるのかなど、疑問に思うことも多いでしょう。また、伊勢神宮の社格や、府社・県社・郷社・村社の違い、無格社の意味も気になるところです。
さらに、式内社や一宮、勅祭社といった歴史ある呼称と旧社格との関係、戦後の社格制度の廃止、現在の別表神社との違いを知ることで、神社の歴史がより理解しやすくなります。
この記事では、明治4年に制定された近代社格制度の成立から、官国幣社の種類、神社の格付けの仕組み、制度廃止後の扱いまでを一覧表と具体例でわかりやすく解説します。神社検定の学習にも、神社巡りの予備知識にも役立ててください。
- 明治時代の近代社格制度が成立した背景と目的
- 官幣社・国幣社・府県社などの種類と順位
- 伊勢神宮や式内社・一宮と旧社格の違い
- 社格制度が廃止された経緯と現在の扱い
明治時代に定められた社格について一覧で解説

明治時代に定められた社格は、全国の神社を国家や地方行政との関係によって分類した制度です。現在では使われていない制度ですが、神社の由緒や歴史を調べるうえで重要な手がかりになっています。
まずは、近代社格制度が生まれた理由と、官幣社・国幣社を中心とする分類を確認しましょう。
近代社格制度とは?明治4年の制定と目的
近代社格制度(きんだいしゃかくせいど)とは、明治政府が全国の神社を官社と諸社に分類し、国家による祭祀や神社行政の体系を整備した制度です。
その基本となる制度は、明治4年(1871年)5月14日の太政官布告によって定められました。
明治政府は、神社を国家祭祀の体系に組み込み、神職の任免や神社の管理方法を整えていきました。その背景には、明治維新後に進められた祭政一致の方針があります。
同日に出された太政官布告第234号では、神社を「国家ノ宗祀」と位置づけ、神社は特定の個人や家が私有するものではないという考え方を示しました。
続く太政官布告第235号では、官社以下の区分や神職に関する規則が定められ、近代社格制度の骨格が整えられました。
近代社格制度の基本情報
- 制定:明治4年(1871年)5月14日
- 制定主体:明治政府
- 基本となる法令:太政官布告第235号
- 主な分類:官社と諸社
- 目的:神社祭祀と神社行政の体系的な整備
- 廃止:昭和21年(1946年)
明治以前にも、平安時代の式内社や、中世以降の一宮など、神社を位置づける制度や呼称が存在していました。
ただし、それぞれ成立した時代も目的も異なります。近代社格制度は、明治政府が全国の神社を新たな行政体系の中で整理した点に特徴があります。
また、明治4年の制度制定時点ですべての社格が揃っていたわけではありません。
例えば、村社は同年7月の郷社定則によって設けられ、別格官幣社は翌明治5年(1872年)に設けられました。
社格制度は、神様の力や信仰の価値を比較するためのランキングではなく、当時の国家制度上の分類だったことを押さえておきましょう。
神社の社格一覧と順位・格付けの仕組み
近代社格制度では、全国の神社を大きく官社と諸社に区分しました。
官社は官幣社と国幣社を中心とする神社、諸社は府社・県社・郷社・村社などの地方の神社です。
さらに、社格を持たない公認神社は無格社と呼ばれました。
まずは、旧社格の種類を一覧で確認しましょう。
| 大分類 | 旧社格 | 特徴 |
|---|---|---|
| 特別な存在 | 伊勢の神宮 | 一般の社格制度の枠外 |
| 官社 | 官幣大社 | 官幣社の大社区分 |
| 官社 | 官幣中社 | 官幣社の中社区分 |
| 官社 | 官幣小社 | 官幣社の小社区分 |
| 官社 | 国幣大社 | 国幣社の大社区分 |
| 官社 | 国幣中社 | 国幣社の中社区分 |
| 官社 | 国幣小社 | 国幣社の小社区分 |
| 官社 | 別格官幣社 | 功臣などを祀る特殊な区分 |
| 諸社 | 府社・県社 | 地方社格の上位 |
| 諸社 | 郷社 | 郷を代表する神社 |
| 諸社 | 村社 | 村や地域の氏神を中心とする神社 |
| その他 | 無格社 | 村社以上の社格を持たない公認神社 |
一般的な解説では、官社の社格を次のような順序で紹介することがあります。
- 官幣大社
- 国幣大社
- 官幣中社
- 国幣中社
- 官幣小社
- 国幣小社
ただし、この順序をすべての社格に適用できる絶対的な法的ランキングとして扱うことには注意が必要です。
官幣社と国幣社には、それぞれ大社・中社・小社という区分がありました。しかし、官幣中社と国幣大社のように、官幣社と国幣社の異なる区分を比較する場合は、単純な上下関係だけでは説明しきれません。
社格の順位についての注意点
近代社格制度は、神社の信仰上の価値を測るものではありません。官幣社と国幣社を一本の順位に並べた一覧は理解の目安にはなりますが、制度のすべてを表すものではないことに注意してください。
また、伊勢神宮は官幣大社に分類されず、社格制度の枠外に置かれた特別な存在でした。
神社の社格を理解するときは、まず官社・諸社・無格社の違いを把握し、その後に個別の区分を学ぶと整理しやすくなります。
官幣社と国幣社の違いと官国幣社の特徴
官幣社(かんぺいしゃ)と国幣社(こくへいしゃ)は、どちらも官社に属していた神社です。
両者をまとめて官国幣社(かんこくへいしゃ)と呼びます。
この名称は明治時代に突然生まれたものではありません。もともとは古代の律令制度における奉幣の仕組みに由来しています。
奉幣とは、神様に幣帛(へいはく)を奉ることです。幣帛には、布などの神前への供物が含まれます。
古代では、神祇官から幣帛を受ける神社が官幣社、国司から幣帛を受ける神社が国幣社と呼ばれていました。
明治政府は、こうした古代の名称を取り入れて新しい社格制度を整備しました。
| 比較項目 | 官幣社 | 国幣社 |
|---|---|---|
| 読み方 | かんぺいしゃ | こくへいしゃ |
| 古代の由来 | 神祇官から奉幣を受ける神社 | 国司から奉幣を受ける神社 |
| 明治期の特徴 | 皇室や朝廷との関係が深い神社などが中心 | 各国の一宮や地方の有力神社などが中心 |
| 区分 | 大社・中社・小社 | 大社・中社・小社 |
| 例祭の幣帛 | 宮内省から供進される制度 | 国庫から供進される制度 |
ここで注意したいのは、古代の官幣社・国幣社と、明治時代の官幣社・国幣社が完全に同一の制度ではないという点です。
名称は受け継がれましたが、神社の選定方法や行政上の位置づけは時代によって異なりました。
また、官幣社は皇室関係、国幣社は地方の神社という特徴がありますが、すべての神社が単純にその基準だけで選ばれたわけではありません。
官幣社と国幣社の覚え方
官幣社と国幣社は、どちらも明治時代の官社です。古代の奉幣制度に由来する名称であり、明治期には国家による祭祀や幣帛の供進制度と結びついていました。
官幣大社・国幣大社などの種類と序列
官幣社と国幣社には、それぞれ大社・中社・小社という三つの区分が設けられていました。
ただし、明治4年に制度が始まった段階で、すべての区分に神社が存在していたわけではありません。
明治4年5月の最初の列格では、官社は合計97社でした。
| 社格 | 明治4年当初の社数 |
|---|---|
| 官幣大社 | 29社 |
| 官幣中社 | 6社 |
| 官幣小社 | 0社 |
| 国幣大社 | 0社 |
| 国幣中社 | 45社 |
| 国幣小社 | 17社 |
| 合計 | 97社 |
この社数は明治4年の最初の列格時点の数字です。その後の新たな列格や昇格によって変動したため、制度廃止直前の社数とは異なります。
官幣小社が最初に誕生したのは明治5年(1872年)で、札幌神社(現在の北海道神宮)が国幣小社から昇格しました。
一方、国幣大社が初めて設けられたのは大正4年(1915年)です。気多神社、大山祇神社、高良神社、多度神社が昇格しました。
ここでは、代表的な旧官国幣社を紹介します。
| 旧社格 | 代表的な神社 | 所在地 |
|---|---|---|
| 官幣大社 | 賀茂別雷神社(上賀茂神社) | 京都府 |
| 官幣大社 | 春日大社 | 奈良県 |
| 官幣大社 | 出雲大社 | 島根県 |
| 官幣大社 | 宇佐神宮 | 大分県 |
| 官幣中社 | 北野天満宮 | 京都府 |
| 官幣小社 | 北海道神宮 | 北海道 |
| 国幣大社 | 気多大社 | 石川県 |
| 国幣大社 | 大山祇神社 | 愛媛県 |
| 国幣大社 | 高良大社 | 福岡県 |
| 国幣中社 | 寒川神社 | 神奈川県 |
| 国幣小社 | 伊佐須美神社 | 福島県 |
この表は代表例であり、官国幣社の全社一覧ではありません。また、掲載した旧社格は制度廃止前の歴史上の区分です。
近代社格制度では、神社の社格が後から変更されることもありました。そのため、一つの神社に複数の社格の履歴が残っている場合があります。
社格は一度決まると変わらなかった?
近代社格制度では昇格や新たな列格が行われました。神社の由緒に「県社に列格」「国幣小社に昇格」といった記録が見られるのはそのためです。旧社格を調べる際は、いつの時点の区分なのかも確認すると理解が深まります。
別格官幣社とは?意味と代表的な神社
別格官幣社(べっかくかんぺいしゃ)は、通常の官幣社や国幣社とは異なる性格を持つ、近代社格制度の特殊な区分です。
主に国家に功績があった人物などを祭神として祀る神社が列格されました。
最初の別格官幣社は、楠木正成を祀る湊川神社です。明治5年(1872年)に列格されました。
別格官幣社には、歴史上の人物を祀る神社が多く含まれています。
| 神社名 | 主な祭神 | 所在地 |
|---|---|---|
| 湊川神社 | 楠木正成 | 兵庫県 |
| 日光東照宮 | 徳川家康 | 栃木県 |
| 建勲神社 | 織田信長 | 京都府 |
| 豊国神社 | 豊臣秀吉 | 京都府 |
| 上杉神社 | 上杉謙信 | 山形県 |
| 藤島神社 | 新田義貞 | 福井県 |
| 菊池神社 | 菊池武時・菊池武重・菊池武光 | 熊本県 |
| 靖国神社 | 国家のために殉難した人々の神霊 | 東京都 |
別格官幣社は制度廃止までに28社が列格されました。
ただし、「別格」という名称から、官幣大社よりも上位の社格だったと考えるのは誤りです。
別格官幣社は、一般の官幣社とは別の性格を持つ区分で、待遇は官幣小社に準じるものとされました。
つまり、別格という言葉は「最高位」という意味ではなく、通常とは異なる扱いを示しています。
別格官幣社の重要ポイント
- 明治5年(1872年)に設けられた区分
- 最初に列格されたのは湊川神社
- 国家に功績のある人物などを祀る神社が中心
- 制度廃止までに28社が列格
- 待遇は官幣小社に準じるものとされた
神社検定の学習では、別格官幣社を通常の官幣大社・官幣中社・官幣小社とは区別して覚えておくと整理しやすくなります。
明治時代に定められた社格についての疑問

官幣社や国幣社の仕組みがわかったところで、次は地方の神社に与えられた社格や、伊勢神宮の特別な位置づけを見ていきましょう。
また、式内社・一宮・勅祭社などの歴史的な呼称は、明治時代の旧社格とは異なります。現在の神社で社格がどのように扱われているのかも含め、間違えやすい点を整理します。
府社・県社・郷社・村社の違いと順位
近代社格制度では、官社以外の地方の神社を諸社と呼びました。
諸社には、府社・県社・郷社・村社という区分があります。
基本的な序列は、次のように整理できます。
諸社の基本的な序列
府社・県社(同格) > 郷社 > 村社
府社と県社は同じ水準の社格であり、府社が県社より上というわけではありません。
それぞれの違いを確認しましょう。
| 社格 | 読み方 | 主な特徴 |
|---|---|---|
| 府社 | ふしゃ | 府における有力神社に与えられた地方社格 |
| 県社 | けんしゃ | 県における有力神社に与えられた地方社格 |
| 郷社 | ごうしゃ | 郷を代表する神社として位置づけられた区分 |
| 村社 | そんしゃ | 村や地域の氏神・産土神を中心とする区分 |
府社・県社は諸社の中で上位に位置づけられました。
郷社は、地域の中心となる神社として指定され、村社は村や地域の氏神・産土神を中心に設けられた社格です。
ただし、実際の列格には地域の事情や行政上の判断も関係しており、社格だけで神社の歴史的な重要性を比較することはできません。
なお、明治4年5月の制度制定当初には、府社・藩社・県社・郷社という区分が設けられていました。
その後、同年7月の郷社定則で村社が加わり、廃藩置県によって藩社の区分は消滅しました。
藩社という社格もあった?
明治4年の制度には藩社という区分も設けられました。しかし、同年に廃藩置県が行われ、藩社として正式に列格された神社はありませんでした。
また、明治39年(1906年)には、府県社以下の神社に対して地方公共団体から神饌幣帛料を供進する制度が整えられました。
この対象となった神社は、神饌幣帛料供進社と呼ばれます。
ただし、神饌幣帛料供進社は官幣大社や村社のような独立した社格ではなく、特定の神社に対する供進制度上の指定です。
無格社とは?社格がない神社の意味
無格社(むかくしゃ)とは、近代社格制度において府県社・郷社・村社などの社格に列していなかった神社を指す呼称です。
無格社と聞くと、政府から神社として認められていない、あるいは価値の低い神社だったと考えるかもしれません。
しかし、その理解は正確ではありません。
無格社は、村社以上の社格を持たない公認神社を指すもので、神社として認められていなかったという意味ではありません。
また、社格がないことと、信仰上の価値や由緒の深さには直接の関係がありません。
全国には古くから地域住民によって大切に守られてきた小規模な神社が数多くあります。
その中には、近代社格制度では無格社に分類されていた神社もありました。
無格社と未公認の神社は別の概念
無格社は、旧制度で公認されながら村社以上の社格を持たなかった神社の呼称です。社格のない神社すべてを無格社と呼んでよいわけではありません。
現在も由緒書などに旧無格社と記されることがありますが、それは過去の行政上の分類を示す歴史的な情報です。
地域に根づいた信仰や祭礼を理解するには、社格だけでなく、祭神や創建の由緒、地域とのつながりも調べることが大切です。
伊勢神宮は最高位?社格制度との関係
日本の神社の中で、伊勢神宮はどの社格に分類されていたのでしょうか。
官幣大社が上位の社格であったことから、伊勢神宮も官幣大社だと思われることがあります。
しかし、伊勢神宮は官幣大社ではありません。
伊勢の神宮は、近代社格制度において一般の官幣社・国幣社とは異なり、社格制度の枠外に置かれた特別な存在でした。
伊勢神宮の中心となる内宮(皇大神宮)には、皇室の祖先神とされる天照大御神が祀られています。
また、外宮(豊受大神宮)には、豊受大御神が祀られています。
こうした皇室祭祀との深い関係から、伊勢神宮は一般の神社とは異なる位置づけを持っていました。
伊勢神宮の社格に関する結論
- 伊勢神宮は官幣大社ではない
- 近代社格制度の枠外に置かれた特別な存在
- 皇室祭祀との深い関係を持つ神宮
- 現在も一般に伊勢神宮は特別な神宮として尊重されている
神社本庁では、伊勢神宮を本宗と仰ぐとしています。
ただし、これは現在の神社本庁における位置づけであり、明治時代の社格制度が現在も続いているという意味ではありません。
伊勢神宮は旧官幣大社のさらに上位に分類された神社ではなく、そもそも一般の社格区分には含まれなかったと理解すると正確です。
式内社・一宮・勅祭社と旧社格の違い
神社の由緒を調べると、旧官幣大社や旧県社のほかに、式内社・一宮・勅祭社などの呼称が並んでいることがあります。
これらは同じように神社の歴史的な位置づけを示す言葉ですが、成立時期や意味が異なります。
まずは一覧で比較してみましょう。
| 名称 | 主な意味 | 近代社格との関係 |
|---|---|---|
| 式内社 | 延喜式神名帳に記載された神社 | 別の歴史的制度 |
| 一宮 | 旧国で第一とされた神社 | 別の歴史的呼称 |
| 二十二社 | 朝廷から特に重視された神社群 | 近代社格より古い制度 |
| 勅祭社 | 勅使が派遣される祭礼を持つ神社 | 祭祀上の区分 |
| 旧社格 | 明治期から戦前の社格制度上の区分 | 近代社格制度そのもの |
式内社とは、平安時代の延長5年(927年)に完成した『延喜式』の神名帳に記載された神社を指します。
式内社には古代の神社制度に由来する歴史があり、明治時代に定められた官幣大社や国幣社とは異なります。
一宮とは、各国で第一とされた神社を指す呼称です。中世を中心に形成された制度・慣行であり、国司の参拝や地域の信仰とも深く関係しています。
一宮の中には、明治時代に官幣社や国幣社へ列格された神社が多数あります。
しかし、一宮という呼称と近代社格は別のものであるため、一宮であれば必ず国幣社というわけではありません。
勅祭社とは、天皇の命によって勅使が派遣され、祭礼に奉幣などが行われる神社を指します。
勅祭社は祭祀上の位置づけを示す名称であり、官幣大社・国幣中社などの社格とは分類の基準が異なります。
また、二十二社は平安時代以降に朝廷が特に重視した神社群で、近代社格制度より古い制度です。
神社が複数の肩書きを持つ理由
一つの神社が、式内社・一宮・旧国幣中社など、複数の歴史的な呼称を持つことがあります。これは同じ神社が異なる時代の制度や慣行の中で、それぞれの位置づけを与えられてきたためです。
神社検定の学習では、名称だけを暗記するのではなく、どの時代の制度なのかを整理すると混同を防げます。
近代社格制度はいつ廃止?現在の社格
明治4年に成立した近代社格制度は、第二次世界大戦後に廃止されました。
大きな転換点となったのが、昭和20年(1945年)12月15日にGHQから発せられた神道指令です。
神道指令は、国家による神道への支援や監督などを廃止し、国家と神社神道との関係を改める方針を示したものでした。
その後、昭和21年(1946年)2月2日に関連法令が廃止され、近代社格制度も廃止されました。
そのため、現在の神社で官幣大社・県社・村社などの名称を使用する場合は、歴史的な区分であることを示すために旧官幣大社・旧県社・旧村社などと表記します。
| 時期 | 主な出来事 |
|---|---|
| 明治4年(1871年) | 近代社格制度の基本を制定 |
| 明治5年(1872年) | 別格官幣社の制度が始まる |
| 大正4年(1915年) | 国幣大社が初めて誕生 |
| 昭和20年(1945年) | 神道指令が発せられる |
| 昭和21年(1946年) | 近代社格制度が廃止 |
| 昭和23年(1948年) | 神社本庁で別表神社の制度が設けられる |
では、現在の神社には社格に代わる制度が存在するのでしょうか。
関連する呼称として知られているのが、神社本庁の別表神社です。
別表神社とは、神社本庁が定める規程の別表に掲げられた神社を指します。
主として神職の人事などで特別な扱いを受ける神社であり、戦前の近代社格制度とは性質が異なります。
昭和23年(1948年)、神社本庁は包括する旧官国幣社などを対象に別表神社の制度を整備しました。
しかし、すべての旧官国幣社が現在も神社本庁に所属しているわけではありません。また、別表神社が旧官幣大社・旧国幣社などの法的な後継社格となったわけでもありません。
現在の神社に旧社格は適用されません
官幣大社・国幣社・府県社などの近代社格制度は1946年に廃止されています。現在の神社を紹介する場合は、旧社格と現在の所属・制度上の位置づけを区別してください。
現在、神社の由緒や所属、神職の制度などを詳しく調べる場合は、各神社や神社本庁などの公式サイトをご確認ください。
また、旧制度に関する法令の解釈や歴史的な評価について専門的な判断が必要な場合は、神道史・近代史の研究者などの専門家にご相談ください。
明治時代に定められた社格についてのまとめ
明治時代に定められた社格について理解するうえで、最も重要なのは、近代社格制度が神社の信仰上の価値を比較するものではなく、当時の国家祭祀や神社行政に関わる制度だったという点です。
最後に、この記事の重要ポイントを整理します。
- 近代社格制度は明治4年(1871年)に基本が制定された
- 神社は大きく官社と諸社に区分された
- 官社には官幣社と国幣社があり、それぞれ大・中・小に分かれた
- 別格官幣社は功臣などを祀る特殊な区分で、官幣小社に準じる待遇だった
- 府社と県社は同格で、その下に郷社・村社が位置づけられた
- 無格社は村社以上の社格を持たない公認神社を意味する
- 伊勢神宮は一般の社格制度の枠外に置かれていた
- 式内社・一宮・勅祭社は近代社格とは異なる歴史的な呼称
- 近代社格制度は昭和21年(1946年)に廃止された
- 現在の別表神社は旧社格の単純な後継制度ではない
神社を訪れた際、由緒書に旧官幣大社や旧県社などと記されていたら、その神社が明治時代にどのような位置づけを与えられていたのかを調べてみてください。
さらに、式内社や一宮といった古い呼称もあわせて確認すると、一つの神社が古代から近代まで、どのような歴史を歩んできたのかが見えてきます。
社格の名称を単なる順位として覚えるのではなく、成立した時代や制度の目的と結びつけて理解することが、神社の歴史を学ぶうえで大切です。
明治時代に定められた社格についての10問クイズ
初級編(簡単な問題)
1. 明治時代に定められた社格制度の目的は何ですか?
A) 神社の観光促進
B) 神社を国家管理のもとに置くため
C) 神職の地位向上を目指すため
D) 外国からの宗教的影響を排除するため
答え: B) 神社を国家管理のもとに置くため2. 社格制度の中で最も高い位に位置づけられた神社はどれですか?
A) 村社
B) 郷社
C) 官幣大社
D) 皇大神宮(伊勢神宮)
答え: D) 皇大神宮(伊勢神宮)3. 社格制度で「官幣社」とは何を指しますか?
A) 国家が祭祀を行う神社
B) 地域住民が管理する神社
C) 天皇専属の神社
D) 外国から伝来した神を祀る神社
答え: A) 国家が祭祀を行う神社
中級編(少し難しい問題)
4. 社格制度において、「村社」とはどのような神社ですか?
A) 村ごとに祀られる小規模な神社
B) 天皇が直接管理する神社
C) 全国的に有名な神社
D) 特定の地域住民だけが参拝できる神社
答え: A) 村ごとに祀られる小規模な神社5. 明治時代における「国幣社」と「官幣社」の違いは何ですか?
A) 国幣社は地方政府が管理し、官幣社は中央政府が管理する
B) 国幣社は天皇が直接参拝し、官幣社は勅使が派遣される
C) 国幣社は地方にあり、官幣社は首都圏にある
D) 国幣社は国家が祭祀費用を負担し、官幣社は自費で運営される
答え: A) 国幣社は地方政府が管理し、官幣社は中央政府が管理する6. 社格制度で「別格官幣社」として扱われた神社にはどんな特徴がありますか?
A) 特別な由緒や功績を持つ神社
B) 天皇専用の参拝施設を持つ神社
C) 日本最古の歴史を持つ神社のみ指定される
D) 社殿が特定の建築様式で建てられている神社のみ指定される
答え: A) 特別な由緒や功績を持つ神社
上級編(難しい問題)
7. 明治時代に定められた「郷社」と「村社」の違いとして正しいものはどれですか?
A) 郷社は広域的な地域住民を対象とし、村社は村単位で祀られる
B) 郷社は国家から資金援助を受け、村社は自費運営される
C) 郷社には天皇が参拝し、村社には参拝しない
D) 郷社には勅使が派遣され、村社には派遣されない
答え: A) 郷社は広域的な地域住民を対象とし、村社は村単位で祀られる8. 明治時代の改革で設けられた「勅祭使」が関わる祭祀とは何ですか?
A) 天皇の勅命によって行われる祭祀
B) 地方自治体が主導する祭祀
C) 一般住民による奉納儀式
D) 外国から伝来した宗教行事
答え: A) 天皇の勅命によって行われる祭祀9. 社格制度廃止後も現在まで続いている影響として正しいものはどれですか?
A) 神職資格制度への影響
B) 一部の神社名や格式として残っている
C) 神道以外の宗教への規制強化
D) 天皇即位儀式への直接的な関与
答え: B) 一部の神社名や格式として残っている
超難関編(非常に難しい問題)
10. 明治時代における「近代国家形成」として、全国的な統一祭祀体系を確立するために導入された制度とは何ですか?
A) 社格制度
B) 国家神道政策
C) 勅祭使派遣制度
D) 宗教法人法
答え: A) 社格制度

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